寺尾聰さんというと、”大物俳優”ですよね。しかし、どんなスターにも若手の時代があり、それがあってこそ、今のポジションがあるわけですよね。(特捜9:4月11日)
さて、昭和の時代をご存知の方にとっては、寺尾聰さんといえば、テレビ朝日系のドラマ「西部警察」の「リキ」というイメージかもしれませんね。
当時、石原軍団の中では、体型もスマートで、さっそうとしていて格好良かったですよね・・・ どちらかというと「西部警察」の他の出演者は、顔や体型も男臭いタイプが多かったですよね。
そんな中、 登場してきた寺尾聰さんは、トレードマークのレイバンのサングラスもよく似合っていて、当時あこがれた方もいるのでは?
ちなみに、寺尾聰さんがかけていたサングラスは「レイバン ウィナー ブラック/G-31DM」というモデルです。レンズには、ボシュロム社製のものを採用し、1983年頃に販売されました。
引用元:インスタグラム
すでに絶版品となっているので、オークションなどでは、プレミアムが付き、相場が5万円くらいで取引されています。
ちなみに、欧米では「ウィナー」という商品名ではなく、Avalar「アベイラー」という商品名で販売されていました。
寺尾聰さんプロフィール・身長は?
寺尾聰さんは、今でいうところの2世役者です。 しかも寺尾聰さんの父親は、昭和のあの超大物俳優だった、俳優の宇野重吉さんです。寺尾聰さんは長男になります。
寺尾聰さんのプロフィール
生年月日 | 1947年5月18日 |
出身地 | 神奈川県横浜市保土ケ谷区 |
身長 | 176cm |
血液型 | A型 |
妻 | 星野真弓 |
寺尾聰さんの身長は、176cmあり、当時としては高い方だったのではないでしょうか。
ちなみに、寺尾聰さんの元嫁(妻)は、 范文雀さんでしたが、1974年に離婚されていますね。また、范文雀さんは50代の若さですでに亡くなっています。
寺尾聰さんの父親の宇野重吉さんは、軽妙で気さくな性格の人物として知られていました。個人的には、息子の寺尾聰さんの性格は、父親の宇野さんとは、そのタイプが違う気がします・・・
寺尾聰さんは、父親の宇野重吉さんとは、石原裕次郎さん主演の映画『黒部の太陽』や、後には『男はつらいよ 寅次郎夕焼け小焼け』で共演を果たしています。
寺尾聰さんにとっては、追いかけるべき偉大な父の背中があり、実際に共演を果たすことができたというのは、後の役者人生において重要な財産だったと思います・・・
寺尾聰さんは、その出演した映画『黒部の太陽』をきっかけとして石原裕次郎さんの事務所=通称「石原プロ(軍団)」入りを果たします。
そもそも父親の宇野重吉さんと石原裕次郎さんは仲が良く、映画『黒部の太陽』の製作の際には、当時のいわゆる「大人の事情」で苦境に陥っていた石原裕次郎さんが宇野重吉さんのサポートを受けることで、映画を無事にクランクアップすることができ、映画は興業的に成功を収めます。
そんな石原裕次郎さんと宇野重吉さんの関係があったからこそ、石原軍団入りもスムーズに果たせました。また、寺尾聰さん自身にも、いわゆる「親の七光り」を嫌っていた節もあります。
どの時代にもある、二世役者の宿命ですよね・・・
石原軍団を辞めた理由とは?西部警察からも姿を消した・・・
石原軍団入りした寺尾聰さんは、「リキ」として出演したドラマ「西部警察」は大ヒットを収めました。寺尾聰さんは、西部警察の役者陣の中では、かなりスリムな体型でしたよね・・・
リキ(寺尾聰)と430型セドリックセダン#西部警察#430セドリック#日産
この430型セドリックのホイールは私が最も好きなアルミホイールメーカーである #エンケイ 製を装着している。 pic.twitter.com/pjP7lh87kh
— 立花佳昭【Arnval Mk2】 (@impreza_15i_s) 2018年4月9日
実はその背景には、寺尾さんは、「穿孔性胃潰瘍」という大病を患い、胃の大部分を切除する手術を受けたため、体重が減ったという事情があり、あのスリムな体型に至ったわけですね。
でも、実際、個人的には「リキ」として出演していた時期の少し影がある、スマートな寺尾さんが好きですね!けっこう同じように思っている人も多いのでは?
寺尾聰さんは、役者だけではく「ルビーの指輪」という大ヒット曲を飛ばし、人気は絶好調に・・・ 確かこの曲、周りからは不評だったんですよね。寺尾聰さんの声は確かに低いですし、曲のテンポも単調といえば単調にも聞こえますよね・・・
周囲からは、「お経を唱えているみたい」だ(石原プロの専務の小林正彦氏)と酷評も受けるも、実際には大ヒットに! 今聞いても、名曲だと思います。「寺尾聰さんの声でないと売れなかったんじゃないか」と思います・・・
しかし、その後、ファンや音楽活動に対する石原プロとの見方や価値観が徐々に合わなくなり、やがて寺尾聰さんは石原プロを去ることになりました。
ちなみに、寺尾さん演じる、ドラマ「西部警察」の「リキ」の殉職シーンは壮絶なもので、全身に銃弾を浴びて最期を迎えるというものでした。個人的には、「リキ」の殉職で、ドラマ「西部警察」もある意味ターニングポイントを迎えた気がしましたね。
実際、「リキ」の殉職の3週間後に、西部警察part1も最終回となりましたしね・・・
寺尾聰・子供は?
寺尾聰さんには、3人の子どもさんがいるといわれています。息子さんと娘さんがいるのとことですが、どんな職業かは分かりませんでした。
でも父親の跡を継いで役者や歌手の道へと進まなかったんですね・・・
少しもったいない気もします。なにせ祖父にあたる宇野重吉さんから数えれば、もし役者になっていれば親子3代「芸能の道」ということですよね。
やはり、あまりに父と祖父が偉大すぎたんでしょうか。あるいは子どもたち各々にとって、本当にやりたいことがあったんでしょうか。
まとめ
寺尾聰さんは、若い頃は、その少しニヒルでクールないでたちと雰囲気で人気を博し、また歌手としても功績を残されました。
ドラマ「西部警察」で演じた「リキ」は、やはり寺尾聰さんの「らしさ」が出ていた作品として記憶にあります。
西部警察
第80話「闇に響く銃声」より。容疑者を護送するリキ(寺尾聰)とイッペイ(峰竜太)。
イッペイが容疑者に挑発をしてしまい、激怒した容疑者は車内で暴走。
目の前に出てきたダンプカーに覆面車(230グロリア)は激突。pic.twitter.com/sBC1C7iMUg— 爆破・破壊bot (@bakuha_bot) 2018年4月9日
でも、寺尾聰さんは、やがて、石原プロを去ることにより、必然的に石原軍団のアクションメインのスタイルから人間の内面を演じることのできる文芸作品へと路線変更をすることになり、結果として正しい選択をしたと思いますね。
実際、その後もアクションをメインとして運営を続けてきた石原プロの経緯を見ていると、特にそう感じます。やはり時代が平成に移って、時代の移り変わりと共に、さらにより内面の深い部分の演技を求める作品も増えてきたことで、単純なアクションばかり続く作品に、視聴者側が飽きてしまっているのかもしれませんね。
その点、寺尾さんは、選ぶ出演作品といい、正しい選択をしていると思います。
でも、逆に、個人的には、できれば今の歳になった寺尾聰さんに少しアクション要素のある役柄をしてほしいかな~とも思ったりします。
寺尾聰さんには、いつまでも、お元気に役者としてそして歌手として、精力的に活動して頂きたいですね♪
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