小平奈緒はなぜ信州大学に進学したのか?スケートに与えた影響とは?

平昌冬季五輪では、女子スピードスケートに登場する「小平奈緒」選手、その実力とキャリアはたしかなものが・・・ここでは、そんな「小平奈緒」選手の学生時代にスポットを当てたいと思います、なぜ、信州大学に進学したのか?に注目します、

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小平奈緒のプロフィール

小平奈緒選手のWiki的プロフィールをご紹介します。

現所属:  相澤病院
生年月日: 1986年5月26日
出身地:  長野県茅野市
身長:  165cm
体重:  61kg

スピードスケート選手ピークは20代後半くらいといわれ、その視点で考えると、小平選手の場合、一般的なピーク年齢よりも高めかと思います。

しかし、正しい科学的なトレーニングを継続してきたからこそ、そうした一般的なピーク年齢を超えていても、実力を証明し、今回のオリンピック出場の切符を手に入れたともいえます。

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小平奈緒はなぜ信州大学に進学したのか?

小平奈緒選手は、前述のとおり、もともと冬季スポーツが地域柄盛んともいえる、長野県茅野市出身です。

小平奈緒選手は、3人姉妹の末っ子として生まれ、3歳からスケートを始め、中学時代から通い出した「宮田スケートクラブ」で、実力をつけていきました。

その後、スケート強豪高校からのスカウトを受けるも、それを断り、教員免許取得を目標に信州大学進学を目指しました。実際に、そのために進んだ高校は、スケート部のない伊那西高等学校でした。

また、高校卒業後には、富士急行や三協精機といった企業から勧誘を受けるも、自身の意思を貫き、信州大学への進学を決めました。

しかし、信州大学へ進学したのは、教員免許取得という夢はもちろんのこと、あの清水宏保選手を育て上げた結城匡啓監督がいたから。

結城匡啓監督とは

結城匡啓監督は、北海道出身で、筑波大学・大学院を卒業後、信州大学教育学部の教授に就任します。

なお、選手としても、1992年にスピードスケートのワールドカップで好成績を残すなど、実績を上げました。しかし、どちらかというと、コーチとしての実績がより目立っているともいえるでしょう。

また、ごく一部をあげるだけでも、2017年に「 日本スキー学会論文賞受賞」2015年に「文部科学大臣・国際競技大会優秀者等」表彰、2010年に「文部科学大臣・スポーツ功労者顕彰」など、そのコーチ実績は高く評価されています。

そのコーチ理論は科学的で、コンピュータを駆使したもの。複数のカメラで撮影した画像を立体的にコンピューターで合成し、フォーム改良をするなど、小平選手のスケートの実力を向上させました。

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まとめ

小平奈緒選手は、現在は、相澤病院に勤務し、「スポーツ障害予防治療センター」スタッフとして働きつつ、病院所属のスケート選手として活動しています。

でも、小平選手のその基礎を作ったのは、信州大学教育学部に進学するという目標を定め、達成したこと、大学在学中も、大会で優勝するなど好成績を収めつつも、勉強もおろそかにしなかった、文武両道の姿勢があったからでしょう!

平昌冬季オリンピックでは、その集大成を見れるはずです。

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